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「世界で高まる木造建築へのニーズ」 「木造大規模中層マンション」 プロが出した答えとは? “愛着のある土地を愛される場所にする”プロフェッショナルたち |
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2020.12.23
多くの土地オーナーから「土地活用のパートナー」として選ばれ続けている三井ホーム。土地活用のプロフェッショナルである同社担当者へのインタビューを通じ、三井ホームがパートナーとして選ばれる理由をひも解く本企画。今回は、東京都稲城市で進む木造大規模中層マンション「稲城プロジェクト」について取り上げる。本件を担当する施設事業本部設計部 設計グループ チーフマネジャーの玉井一行氏と、技術研究所 研究開発グループ マネジャー小松弘昭氏に話を聞いた。
外観パース(北西側)
国土交通省は、住宅や建築物の木造化における先進的な取り組みを支援するため「令和2年度サステナブル建築物等先導事業(木造先導型)」(第1回)を実施した。ハウスメーカー、ゼネコンなどから12件の応募があり、7件を採択。そのうちの1つが三井ホームの「木でつくるマンションプロジェクト」通称〝稲城プロジェクト〟だ。同社にとってこれは、木造の中層マンションを日本に普及させるための試金石となる先導事業だという。
玉井 木造の建築物は、世の中にたくさんありますが、その多くは戸建住宅です。住宅のほかにも木造の市役所や学校などもありますが、木造のオフィスやマンション、テナント施設などはきわめて少ないのが現状です。
当社はこれまでにも大規模木造建築による医療・介護施設や福祉施設、文教施設、商業施設などの実績を積んできました。また北米を中心に木造による中層集合住宅の建築にも数多く携わるなど、木造建築の可能性を追求してきました。
福祉・介護施設の実例
文教・保育施設の実例
商業施設の実例
医療施設の実例
サステナブルな資源である木材を利用する木造建築への期待が、日本だけでなく世界各国で高まっているなかで、日本で木造建築をリードしてきた当社に提案できることはないか――。
そんな時、稲城市にあった当社の情報管理施設が移転し、広大な跡地を活用できることになりました。
玉井一行氏
駅からも近く、地形も申し分ない。ここに木造ならではのメリットや快適性は維持しつつ、丈夫で、普及性があり、事業としても成立するような大規模な木造のマンションを建てたら、日本に木造の集合住宅が増えるきっかけになると考えたのが、今回のプロジェクトの発端です。
当初は、もう少し特殊な木造の建物、例えばショールームといったアイデアも挙がりました。しかし木造をリードしてきた当社だからこそ、普及性のある、いわば「コモディティ化」された建物で、事業性のあるものを提案するべきと判断し、マンションになりました。
小松 国土交通省の木造先導事業に応募することを目的に稲城プロジェクトを立ち上げたわけではありませんが、当社の案件が一番手で採択されたのは、やはりマンションだったというのが大きかったと思います。木造建築の中では、特に普及の可能性が高いと判断されたのでしょう。
稲城プロジェクトでは、特殊な工法は一切使わず、すでに確立された木造の建築技術を前提に、オリジナル技術でアレンジした建築方法を採用します。とにかく普及させることに主眼を置いているので特殊なことは避け、再現性が高くそれでいて、これからの木造建築のシンボルになるものを目指しました。
小松弘昭氏
「稲城プロジェクト」は、総戸数51戸の5階建ての木造マンション。1階はRC造で、2~5階が木造の2×4工法になる。中層マンションは、耐久性や耐震性、耐火性、遮音性など、クリアしなければならない課題が少なくない。
壁を増やせば躯体は強くなるが、同時に間取りの制限が生まれたり、窓が小さくなったりと、別の問題が生じてくる。普及するには、事業として成立させる必要があり、コストを度外視するわけにもいかない。
国内最高レベルの壁倍率30倍を実現する高強度耐力壁を開発。今回の稲城プロジェクトにもこの壁が使われる
小松 中層の建築物を木造化する場合、規定の構造性能と耐火基準を満たすためには、構造壁を厚くせざるを得ないことが設計上の課題でした。当社はその課題を解決するため、従来の性能を大きく上回る壁倍率30倍相当の高強度耐力壁を開発しました。これを使うと従来と比べて壁の厚さを半分にすることができ、その分床面積が増え、設計の自由度が高まります。稲城プロジェクトでもこの壁を採用します。
RC造に比べ軽量な分、遮音性では多少不利なところは木造の課題です。これには当社が主に低層共同住宅のために開発した高性能遮音床システムMute(ミュート)が役立ちました。RC造の集合住宅の遮音性能と同程度の水準を実現します。
三井ホームが低層共同住宅のために開発した高性能遮音床システムMute(ミュート)も採用する
耐久性の面では、住宅性能表示制度における劣化対策等級3(※1)を取得する予定です。これなら適切な維持管理を行うことで75~90年の耐久性を確保することができます。
また同制度における断熱等性能等級4(※2)も取得予定です。建物の気密性・断熱性を高め冷暖房等のランニングコストを低減します。このように当社がこれまで木造住宅や木造施設建築で培った知見や経験、技術力があったからこそ、今回の稲城プロジェクトは生まれたといっても過言ではありません。
(※1) 構造躯体等に使用する材料の交換等、大規模な改修工事を必要とするまでの期間を伸長するために必要な対策の程度。通常想定される自然条件及び維持管理の条件の下で3世代(おおむね75~90年)まで、大規模な改修工事を必要とするまでの期間を伸長するために必要な対策が講じられている。
(※2) 外壁、窓等を通しての熱の損失の防止を図るための断熱化等による対策の程度。断熱等性能に大きく影響すると見込まれる劣化事象等が認められず、かつ、熱損失等の大きな削減のための対策が講じられている。
玉井 構造と事業性のバランスをどう両立させるかということを考えたとき、一番重視したのは「無理をしないこと」でした。特徴的なものを作ろうと思えばいくらでもできます。しかし今回のプロジェクトで建てるマンションは、再現性が高く、普及しやすいことが前提ですから、むしろ保守的なプランこそが正解です。左右対称の建物で、部屋の配置や間取りなどもごく一般的な構造です。当たり前の、暮らしやすいマンションにしてこそ、木造本来の良さを分かってもらえると思います。
「建築がコンクリートや鉄骨から木に移り変わるのは、森林資源の豊富な日本においては必然」と小松氏は語る。コンクリートや鉄と異なり、木は植林することで無限に活用できるサステナブルな材質といえる。稲城プロジェクトでは、国産のカラマツ材を床組みの一部に採用するほか、北海道にある三井不動産グループの保有林で伐採適齢期を迎えた木材や間伐材を軒裏や内装材として活用する予定だ。
外観パース(南西側)
稲城プロジェクトでは、国産の木材を使うことで国内の森林資源循環にも貢献する
小松 これまで木造のマンションがなかったのは、「木造」には低品質のイメージがあったため。このプロジェクトでは鉄骨や鉄筋コンクリートと同等以上の性能を実現することで、木でつくるマンションが快適で、高品質・高性能であることを知っていただくことも大きな目的です。
日本は木の先進国で、高い技術力を持っているという根拠のない思い込みがあるかもしれません。しかし、世界的に見るとむしろ後れを取っている部分もたくさんあります。米国やカナダ、欧州では木造5、6階建てのマンションは珍しくありません。
玉井 私は日本人の建築士として、木の扱いに長けているというプライドがありましたが、米国やカナダに訪れた際に、大型の建築でも当たり前のように木を使っていることに衝撃を受けました。それも構造から木をふんだんに使う大きな建物もあれば、鉄骨やコンクリートなどの他の材質と組み合わせて、適材適所で木を使うケースもあるなど、発想がとても自由で柔軟な印象を受けました。
一方、日本の建築では、木造が必要以上に特別視されていて、「木を使う」というだけで何となく構えてしまう傾向があるように感じています。そうした考えは、むしろ木造建築の可能性を狭めてしまうことになりかねません。
もっと柔軟な発想で木を使い、木造建築のバリエーションを増やしていきたいと強く思います。
木造建築は時間の経過とともに変化していくもの。コンクリートや鉄でできた建物が木に置き換わり、街に木造の建物が溢れる。それが年月を重ね、より一層美しくなっていく――。そんな景色をいつの日かぜひ、観たいですね。