クリニックや病院を開業する際、まず考えるべきは「どこで開業するか」という点です。周辺環境はもちろん、建物の種類や広さなども考慮して物件を探す必要があります。開業を考えているエリアや診療科によっても注意点が異なるので、医師ご自身で判断するのが難しい場合もあります。そこで、クリニックの開業・運営支援を行う株式会社メディヴァのコンサルタントである越路公雄さんに、物件探しで注意したいポイントを伺いました。
――開業を検討するにあたり、まずはどのような点に注意して物件を探せば良いでしょうか。
最初のポイントは「立地」です。日本全国にさまざまな土地がある中で、どのような医療を、どんな患者さんに対して提供したいかによって異なりますが、まずは「大都市圏」「地方都市中心部」「郊外」というエリアで分けて考えていくと良いでしょう。
東京や大阪などの大都市圏では、テナント物件を賃貸する形での開業が主流です。テナントビルの場合は、電車や徒歩で通う患者さんが多いので、アクセスの良さに着目して検討します。また、効果的な場所に看板が掲げられるか、エレベーター内にクリニック名を表示できるかなど、視認性の良さも大切です。
地方都市中心部も大都市圏同様にテナント開業が中心になりますが、車で通院する患者さんが多いので、駐車場の確保が課題になります。ロードサイドを含む郊外では、土地を借りる、または購入して自ら建物を建てる戸建て開業が中心となります。郊外では駐車場が必須で、車でのアクセスの良さ、駐車場の大きさが重要なポイントとなります。地方都市でもテナントの賃料が高すぎるようなら、思い切って郊外を検討しても良いと思います。
開業エリアが絞れてきたら、「診療圏調査」を必ず行います。診療圏調査とは、その土地で開業した場合に1日にどれくらいの患者数が見込めるか、診療科ごとに周辺人口や受療率から算出するもので、事業計画を立てるときにも必要です。とはいえ、この数字はあくまでも目安です。いくつかの候補地を比較検討するときの材料の一つと考えてください。
――物件や周辺環境でチェックするべきことはありますか。
大都市のテナントの場合は雑居ビルでも構わないのですが、飲食店ばかりのビルなどは避けたほうが良いでしょう。自分が受診することを考えても、ネガティブな印象の建物にあるクリニックには抵抗がありますよね。そういった一般的な感覚は大切にしてほしいと思います。
また精神科や心療内科などでは、通っているところを人に見られたくないという患者さんもいます。そのような診療科では、大通り沿いや視認性を重視したテナントの1階ではなく、あえて細い道にある建物の2階や3階のほうが適しているかもしれません。視認性に劣る分は、Webマーケティングを強化すれば良いのです。
また、災害時のリスクを知るため、賃貸でも戸建てでもハザードマップを確認しておくことをおすすめしています。災害に関して、特に賃貸では、新耐震基準となった1981年6月以降の建築基準に則して建てられたものかどうかを確認しておく必要があります。築20年までの建物ならおおよそ問題ないといえますが、築25年、築30年などにおよぶ建物の場合には、修繕工事や建替えの予定がないか、建替える場合の対応がどう契約に反映されるかといったことも確認しておきましょう。
――そもそも物件や土地はどのように探せば良いのでしょうか。
もっとも簡単なのはインターネット検索ですが、その地域の家賃相場や、物件の広さの目安をチェックしてイメージを作る程度と考えたほうが良いでしょう。地元の情報に通じている不動産仲介会社に探してもらう、医療施設に詳しい開業支援コンサルタントから紹介してもらうなどの方法が中心になると思います。
戸建ての借地や土地を購入する場合は、地元の不動産仲介業者のほか、地元の建設会社から紹介されることも少なくありません。そのような業者から紹介されても、オーナー自身にも方針があるので、建築などについて融通がきくかどうか確認しておくと良いでしょう。
――賃料や広さの目安はありますか。
クリニックを経営していく上で、テナントの賃料はかなり重要です。できれば、事業計画上の売上月額の20%以下には抑えたいところです。また、最近は貸主も強気になっているので厳しいのですが、改装工事期間中の賃料が無料になるフリーレント交渉ができると望ましいですね。
広さは都心部と地方・郊外とでは異なりますが、診療科に応じた目安がありますので参考にしてください。X線やCTなどの画像診断装置を設置しない内科でしたら、それほど広いスペースでなくても開業できます。一方、MRIやCTなどの大型画像診断装置が必須となる脳神経外科、リハビリ室を設置する整形外科などは、かなり広めのスペースを必要とします。訪問診療をほぼメインで行うのであれば事務スペースが主で、診察スペースは最低限となるためかなり小規模なフロアでスタートが可能です。
■診療科に応じた広さと物件種類の例
立地 | 診療科 | 物件の種類 | 延べ床面積 | 設備 |
---|---|---|---|---|
地方郊外 | 脳神経外科 | 借地・戸建て | 約330㎡ | MRI、CT、X線 |
呼吸器内科 | 借地・戸建て | 約230㎡ | CT、X線、感染症用診察室 | |
耳鼻咽喉科 | 借地・戸建て | 約230㎡ | CT、広めの処置室・待合室 | |
整形外科 | 賃貸 | 約240㎡ | X線、骨密度、リハビリ室 | |
内科・小児科 | 借地・戸建て | 約300㎡ | X線 | |
都心 | 内科 | 賃貸 | 約90㎡ | なし |
内科・小児科 | 賃貸 | 約300㎡ | X線、エコー | |
精神科 | 賃貸 | 約130㎡ | カウンセリング室 | |
訪問診療 | 賃貸 | 約70㎡ | なし |
――やはり競合となるクリニックは意識したほうが良いでしょうか。
競合調査は欠かせません。しかし、表面的な情報だけでは競合かどうかわからないこともあります。例えば、整形外科を標榜していても実際は内科が中心のケースや、高齢の医師が1人で運営していて、今はほとんど患者さんが受診していないケースなどです。周囲の人の話を聞いたりするなどして調べてみることで実質的な競合を絞り込んだほうが良いでしょう。
複数のクリニックが集まった医療モールという選択肢もあります。医療モールは薬局が運営していることが多く、診療科がかぶらないように誘致されていますが、モールの外に競合となるクリニックがあるかもしれません。または、モール内の他院の評判が良くないと影響を受けてしまうので、慎重に検討してほしいところです。
――物件選びでの思わぬ失敗や見落としがちな注意点があれば教えてください。
都市部の物件で、駅からのアクセスも良く、内装もきれいだったので開業を決めたのに、上下階にスナックなどの飲食店が入っていたため患者さんが集まらなかったという話を聞いたことがあります。見た目にも雑多な印象のあるビルの比較的上層階(5階)であったことに加え、エレベーターが狭く清潔感が無かったのも印象を悪くした可能性があります。同じように、ターミナル駅に近くて人通りが非常に多い場所だったのにもかかわらず、高層階でビルや歩道に看板も出せず、気づいてもらいにくかったというケースもありました。
自宅の近くに開業したいという医師は多いですが、それ自体はワークライフバランスのために大事だとしても、賃料をはじめとしたほかの条件がおろそかになってしまうことがあります。土地代や賃料が高すぎる、テナントオーナーが頑固で融通が利かないといった場合だと、家からは近いとしても経営を続けていくのは大変です。一つの条件に固執せず、きちんと比較して冷静に決めなければいけません。
――逆に、参考にしてほしい成功例があれば教えてください。
最近よく耳にするのは、地方都市のドラッグストアの広い駐車場の一部を比較的安価で借りて、そこに自前で建物を建てて開業するケースです。ドラッグストアの駐車場も使わせてもらえるので患者さんが集まりやすいですし、ドラッグストア側にしても調剤薬局の処方箋枚数を増やせるというWin-Winの関係を築きやすいモデルです。こういったやり方は、比較的処方箋が多い診療科(内科系や小児科)と相性が良いと思います。
また、賃料は多少高くても、駅ロータリー内ビルの1階で視認性が良く、隣が調剤薬局という好立地のクリニックは、開業当初から患者を多く集められました。こういったケースを見ると、やはり立地は大切だと思います。場所、家賃、周辺環境などさまざまな要素がある中で、「環境はいまいちだが、非常に家賃が安い」などの圧倒的な強みがあれば別ですが、通常は一点の長所にこだわるよりもバランスの良さを大事にしたほうが良いでしょう。
――最後に、立地や建物以外で注意することがあればアドバイスをお願いします。
近年問題になっている地方の医師不足や医師偏在を解消する対策の一つとして、医療が充実している都心での「開業規制」が厚生労働省で検討されはじめています。今はまだ具体化されていませんが、今後都市部での自由な開業に制限がかかる可能性がありますので、動向に注意したほうが良いでしょう。
そして、好立地と感じる物件は、同じように狙っている人がいるかもしれないと考えてください。条件に合うテナントや土地と出合ったら、そこから先はスピード勝負です。すぐに契約するとともに、早めにWebサイトを立ち上げて開業をアピールするなどして、周辺に競合がやってこないようにします。「いい物件があれば」などとのんびりしている医師もいますが、勤めている医局に退職の意思を伝える必要もありますし、ある程度開業したい時期を決めて動き始めることをおすすめします。
越路 公雄(こしじ・きみお)
株式会社メディヴァ コンサルティング事業部マネージャー
長崎県出身。ITコンサルティング会社にてコンピュータシステム開発・設計、顧客企業IT部門の業務効率化や品質改善、チームマネジメントに長年携わる。その後2013年4月にメディヴァに参画。支援先のクリニック事務長として8年現場を運営し、その経験を生かしてクリニックの開業支援や運営支援事業を中心に携わっている。