輪島の漆塗り、新たな挑戦〈前編〉
輪島キリモト

2021.03.26

石川県輪島市で生まれた伝統漆器の「輪島塗」。120以上もの工程がある漆芸技法は、江戸後期には完成していたといいます。漆が生み出す上品な光沢に加え、最大の特色は他の漆器にはない堅牢さ。それは輪島で産出される「地の粉(じのこ)」と呼ばれる珪藻土の焼成粉末を、下地漆に加えることで実現します。MITSUI HOME PREMIUM世田谷レジデンスのリビングには、布地のような模様をたたえた輪島産の漆塗りテレビボードが設えてあります。こちらは200年以上の歴史を誇る工房、輪島キリモトが手掛けたものです。輪島塗がもつ新たな可能性を探求し続ける、7代目当主の桐本泰一さんにお話いただきました。

進化する輪島の漆工芸。

「これは、うちの工房で製作しているものなのですが」と桐本泰一さんは、漆塗りの名刺入れを手に持ち、前触れもなくハサミでこすり始めました。デリケートな漆塗りの特性を考えれば、ダメージを負ってしまいそうなもの。しかし表面には傷ひとつ見当たりません。マットな質感の名刺入れは、桐本さんが考案した「蒔地(まきじ)技法」によって仕上げられています。これは、輪島塗の下地塗り工程でのみ使う「地の粉」を、上塗りにも使用するという独自の技です。
「漆器でカレーライスやパスタを食べてみたい、と思ったことが出発点でした。本来、漆塗りの表面は、金属製のスプーンやフォークを当てると傷が付きやすい。ですが、地の粉を漆と掛け合わせるとガラス繊維に近い硬度を保つ特性がありまして、これを表面にも活用することで、金属食器と一緒に使える漆器が完成しました」
この蒔地技法を応用して、特殊な刷毛で美しいすじ模様をあしらう「地塗り千すじ技法」も開発。いずれの漆器も装飾を抑えたモダンなデザインに仕立てられ、日常で気兼ねなく使えます。

さらに、桐本さんは自分のデスクを指さしました。天板には、凹凸感のある編み目模様が備わっています。こちらも漆塗りとのこと。
「輪島塗の工程には、器の縁や底などの破損しやすい部分を守るために、下塗りの前に寒冷紗などの布を木地に張る、『布着せ』という作業があります。当然、補強のための布地は漆を塗り重ねることで見えなくなります。この裏方の布地を表面の風合いに活かそうと考えたのが、『漆布みせ』という独自技法です。特注の麻布を張って漆を塗り重ねることで、デスクの天板に使えるほど表面の耐傷性を高めつつ、布模様の味わいと漆塗りの質感を融合させました」
この「漆布みせ技法」が、MITSUI HOME PREMIUM世田谷レジデンスのテレビボードにも採用されています。

創業200年以上、木地屋から一貫製作へ。

輪島キリモトの歴史を遡ると、創業年こそ不明ですが、2代目当主が1814年生まれという記録が残っています。江戸後期に創業して昭和の初めまでは漆器の製造販売を生業としていましたが、桐本さんの祖父に当たる5代目が木地(きじ)製造専門の工房に転業。輪島塗を支える上質な木地加工を、90年以上にわたり担ってきました。一方、7代目として家業を継ぐことになる桐本さんは、大学に進学し工業デザインを学びました。
「大学卒業後、一般企業に就職してオフィスプランニングに携わりました。その後帰郷し、4年半ほど木地師の修業。それから家業の舵取りにも関わるようになり、木地だけでなく、商品企画にデザイン、そして漆塗りの仕上げにいたる全工程を自社で行えるように体制を築いていきました」
そもそも輪島塗は、とりまとめ役の塗師屋(ぬしや)が木地づくり、漆塗り、研ぎ、加飾などを、専門の職人・工房に発注する分業制で成り立っています。各工程に高度な専門技術を要するため、自社一貫生産体制を構築するのは並大抵のことではありません。それでも慣行を覆す工房をつくった理由は、市場のニーズと輪島塗のつくり手との意識のズレを感じ始めたからだといいます。
「かつては崇高な輪島塗のイメージがあり、職人は技術を維持し上質なものをつくっているだけで売れていました。でも、生活様式の変化とともに昔ながらの輪島塗が使われなくなってきた。この流れに産地がついていけなくなったのです。私は下請けの木地屋でしたが、全国の店舗とやりとりをしてお客様の声を聞いてきました。輪島塗本来の良さを知ってもらうには、日常に溶け込んだものが必要。自分でデザインを発案し、慣例に縛られない漆塗りを実現するには、より柔軟に製作できる一貫生産体制が不可欠でした」
そんな桐本さんは、全国各地で個展やイベントを開催。インターネットやSNSを活用し、情報収集や意見交換にも余念がありません。輪島で生まれる新たな漆塗りの可能性は、ますます広がっていくようです。>>次回へ続く。

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