土を通じて表現する想い〈後編〉
左官職人・久住有生さん

2018.07.18

海外からも熱烈なオファーが届く日本屈指の左官職人、久住有生さん。MITSUI HOME PREMIUM 駒沢レジデンスでもホワイエの壁を手がけていただきました。前回は「世界を観てこい」との父親の勧めから渡欧し、そこで出会ったアントニ・ガウディの建築に圧倒された話などを伺いました。そこからの道のりや、伝統と現代社会の関わり方、左官職人としての想いなどをさらにお聞きします。穏やかな表情の奥にある確固たる意志が伝わるお話です。

左官の道に進むからには、世界一をめざす。
そして父親を超える。

時を超えたガウディの建築に圧倒された若き日の久住さん。左官職人を目指す最後の一押しも父親の言葉でした。「『ケーキは食べたら無くなるけど、左官は死んでも残る』って子供騙しの言葉に18歳の少年は騙されました(笑)。でも、そこで決心がつき、左官職人としての修行に入りました。やるからには日本一、世界一になる。10年で一番の職人になる。そして父を超える。何かの世界で一番になれば日本を変える存在にもなれるはず。そんなこの頃の決意が、今の僕が始まる第一歩だったように思います」。
「28歳くらいまでは壁しか考えていなかった。毎日最低16時間は壁を塗り続けて、身体に覚え込ませようとしたんです。それですごく視野が狭くなり、技術的には向上しても人の欲するものが見えなくなって。その時に「ひょっとしたら間違っているのではないか」と思い始めたんです」。神経をすり減らし、職人達にしか理解できないコンマ数ミリ単位の完璧を追求し、目指すものとの違和感にしんどさを覚えていた頃、父親の知人のユニークな建築家、丸山欣也氏と出会います。
「その当時の僕のことを、おそらく父や周囲の人は『こいつはすごい職人になるだろうけど、世の中を見通せる人間にはならないだろう』と感じていたのでしょう。その中のひとりの丸山先生が沖縄でのワークショップに僕を招いてくれて、『壁は建築の中にあって、建築は自然の中にあり、そもそもそれは人が使うものなのだ』と教えてくれました。壁しか見ていなかった自分が、その時パッと自由になれたんです」。自由という言葉に追い込まれて不自由になっていた自分。丸山氏との対話で束縛から解放され、その視野は海外へと広がります。「丸山先生の30代の頃の建築は今見てもすごい。普通はそれを蓄積していくのに先生はそれを脱ぎ捨てて次々に新しいことを始める。それは勇気のいることだけれど、僕もやらなければと思った。文化を継承すると同時に新しいことをする必要がある。僕が海外へ出ることになったのも丸山先生と出会えたからです」

想いを持って人を見る。それがきっと、幸せに繋がっていく。

久住さんが見せてくださったのは新品のように光る大小のコテ。自分の手と技に合うように鍛冶職人が誂えてくれるのだそう。匠を支えるのはやはり、匠の技なのですね。これで15年〜20年選手。丁寧に手入れされた道具に久住さんの仕事へのこだわりが感じ取れます。
「いいものは必ず残ると言われますが、価値の分かる人がいなくなると残らない。だから、左官に興味のない人にも伝わる提案をまず個人邸から始めました」。色を足したり形をわかりやすくすることで依頼主にとても喜ばれ、久住さん自身の感性もさらに自由になったのだとか。「作り手が想いを持っていないと使う方には届きません。100年経っても壊さないで欲しいと言われるものには、一生懸命に作った職人の想いが引き継がれています。そしてまた次の世代に繋がれる。僕はそういうものに価値があると思うんです」。

久住有生 施工作品
http://www.kusuminaoki.com/

「僕にとってプレミアムとかラグジュアリーなこととは、ただ高価なものではなく、そこに生活する人が一番心地よく感じることだと思います。それは作り手と使う人の気持ちが同じ所にないとできません。だから僕は、食や服の好みについて会話したり、その土地の自然や住んでいる人々の感覚を自分で感じてから壁をつくります。だからこそ自分の美意識に固執せず、その人にとっての心地よさを表現できるのです」。これからやりたいことは何でしょう?「世界のさまざまな土地へ行き、そこの土でしかできないものをつくりたいですね」と微笑みつつ、日本の職人達がもっと認められ、海外で活躍するチャンスを増やしていければと未来図も答えてくれました。
MITSUI HOME PREMIUM 駒沢レジデンスにも、自然とアートとの共存を思わせる生命力に満ちた久住さんの壁があります。無言歌を奏でているような、静かな躍動と美しい陰影。ぜひご高覧ください。

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