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ぬくもりと表情を宿すステンレス

ステンレスキッチン

機能美が光るアルティメットな素材

人間の営みのあらゆる場面に登場するもの。それがステンレスだ。その用途は驚くほど広い。食器から始まり洗濯機、ハードディスクといった電気製品、自動車部品や建築部材、そしてキッチンと、住空間はステンレスで満ち溢れている。それだけではない。化学プラントや船舶、さらには宇宙へ飛び立つロケットにも使われている。
20世紀の初めイギリスで誕生して100年余りのステンレスが、あらゆる分野で使われるのはなぜか。それは耐食性と機能性、そしてデザイン性に優れているからこそ。中でも耐食性、つまり「錆びにくさ」こそが、ステンレスの最大の強みと言えるだろう。ステンレスとは英語でStain(汚れ)-less(ない)。汚れにくい、つまり錆びにくいという意味なのだ。

しかし、なぜステンレスは錆びにくいのだろうか。その秘密はその組成にある。ステンレスは、鉄(Fe)を50%以上の主成分として、クロム(Cr)を10.5%以上、炭素(C)を1.2%以下とした「ステンレス鋼」だ。50%以上が鉄なのに錆びにくいのは、クロムのおかげ。鉄に混ぜられたクロムは酸素と結合して表面に薄い酸化皮膜(不動態皮膜)を作る。とても薄い上に均一で強く、密着性があるこの皮膜のおかげで錆びにくいのだ。

快適な住空間を構成するエレメントで、ステンレスの魅力を最大限に生かしたものといえば、やはりキッチンだろう。錆びにくいために清潔に保ちやすいステンレスは、今やキッチンにおいて不可欠な素材となっている。
日本でステンレスのキッチンが急速に浸透したのは、昭和31年のこと。戦後の住宅事情を改善するために登場した公団住宅に、ステンレスの流し台が導入されたのだ。これを可能にしたのが、ステンレスのプレス加工による大量生産だった。以来、プレス加工による大量生産のものが大半を占める中、大量生産はもちろん、職人の手仕事によるオーダーのステンレスキッチンも手がけているのが、松岡製作所だ。
昭和2年創業の松岡製作所の強みは、何といっても技術力と対応力である。職人たちを率いる代表取締役の松岡幹太郎さん自身も、長年ものづくりに情熱を注いできた職人だ。
「うちの強みは、あらゆるご要望に応えるレパートリーの広さ、そして提案力です」
高い技術力があるからこそ、クライアントのあらゆる要望に応えることができるし、ステンレスという素材を使って理想を形にする方法を提案することもできるのだ。

業務用に比べて家庭用のキッチンは、使い手にとって器具より「家具」に近い愛用品。デザイン性や触れた時の感触など、細部に至るまで仕上がりのクオリティが求められる。さらに、簡単な掃除で清潔に保てるようにしなければならない。
それでも、手間のかかる家庭用キッチンにこだわり続けるのは、ステンレスという素材の魅力に魅入られているからだ。

機械の正確さと職人の緻密さを融合

ステンレスキッチンのワークトップの製作は、レーザー加工機でステンレスをカットし、天板とシンクの材料や細かい部材を一気に切り出すところから始まる。
「紙で箱を作る時、展開図を作るでしょう? シンクも同じで、ステンレスの板を切り出して、展開図を作るんです」
設計図通りに切り出したステンレスの展開図は、プレスブレーキという機械で折り曲げると箱型になる。この時、その製品の形状やサイズに合わせた金型を使って折り曲げるため、あらゆるサイズの金型が揃っている。金型がない場合は金型から作ってしまうのも、松岡製作所ならではと言える。

ステンレスの加工で大きな機械を使うのは、レーザーカットと折り曲げ加工まで。ここから先は、職人の手仕事の側面がより色濃くなっていく。
「シンクは展開図を折り曲げてから側面を溶接して箱状にするのですが、2枚の板の断面をピタリとつなぎ合わせるため、板の端を叩いてアールをつけます。これを機械でやるのは難しいので、人間が叩いて一気に角度をつけるんです」
絶妙なアールがついた板の端と端は、太陽と同じ温度と明るさの火花でピタリと溶接されていく。しかし、溶接した部分は凹凸しているため、研磨しやすいように溶接部分を再び叩く。
「ここでいかにきれいに仕上げるかは職人の腕次第。うちは品質基準が厳しいのです。だからこそ、伝えるのは納期のみ。納期内に仕上げられるなら、この過程で急がせることはありません。けれど、職人が納得するまでできるから、逆にスピードが速くなっていくんですよ」
ヘアライン加工と呼ばれる、細かいラインが入ったステンレスでシンクを作る際は、もう一手間かかる。展開図を立ち上げて箱を作ると、ライン方向が面によって異なってしまう。それでは美しくない。そこで、ラインの方向が一定になるよう、板をつなぎ直す。一手間を惜しまない職人のこの心意気が素材をいっそう輝かせ、使う人の心を踊らせる逸品を生み出すのだ。

継ぎ目が見えないほど研磨したシンクは、天板と溶接することになるのだが、この工程がオーダーキッチン作りで最も時間がかかるという。溶接マスクをかまえた職人は、アークを飛ばして金属同士の溶接点をピンポイントで溶かし、接合していく。太陽に近い温度と明るさの「点」を並べて一本の「線」を描く、気の遠くなるような作業だ。シンクと天板の接合は距離も長く、溶接の温度でステンレスの天板は縮みやすくなる。
「天板が縮むのを防ぐために、溶接点を最小限にして熱を逃がしたり、濡れた雑巾を天板において冷やしながら作業をするんです」
時に大胆に、時に緻密に。この手仕事のこまやかさによって、素材は洗練され、製品へと形を変える。
職人たちは、部位や素材感に合わせて道具を使い分け、継ぎ目を磨き込んでいく。あれほど時間をかけた溶接という工程が存在したことなど微塵も感じられないほどに磨き込まれ、やがてシンクと天板は一体となってゆくのだ。

一歩先を行くトップランナーの心意気

ステンレスのワークトップの仕上げには、鏡のような「鏡面」、細かい縦のラインが走る「ヘアライン」、マットな「バイブレーション」の他に、松岡製作所オリジナルの「ホットバイブレーション」がある。バイブレーションよりさらに風合いのあるホットバイブレーションは、ステンレスに温かみを持たせる。これがステンレスの新しい表情となり、そして魅力となっている。
こうした松岡製作所の技術力と対応力の高さは、キッチンにはもちろんのこと、食品プラントやモニュメントなどのオーダーでも発揮されている。広島市内にある松岡製作所の工場には全国から視察希望者が訪れており、求められれば製作過程や方法、情報を提供する。その理由を松岡社長は笑顔でこう話す。
「キッチンのワークトップは大理石を始め、いろいろな素材がライバルです。私は日本のキッチンをステンレスでいっぱいにしたい。だから『どうぞ見てください。だけど我が社は一歩先を行きますよ』という気持ちでお見せしているんです」
そう言い切れるのは、技術力の高さに加えて、職人一人ひとりがものづくりへの強いこだわりを持っているからだろう。

現在、キッチンに使われるステンレスは、SUS304とSUS430の2種類。SUS304はニッケルが含まれているため高価だが、SUS430に比べて錆びにくい。ステンレスに魅せられた松岡製作所で使っているのは、もちろんSUS304だ。
しかし、「一歩先を行く」という言葉通り、松岡社長の目はすでに未来を見据えている。
「今、注目しているのは、より錆びにくいSUS316です。これからは、このSUS316の魅力をお伝えしたいと思っています。また、最近は化学物質過敏症に悩む方も増えていますよね。オールステンレスのキッチンなら、接着剤を使用せずに済みます。ステンレスキッチンの魅力を、より多くの方に伝えていけたらと思います」
日本の住宅にステンレスキッチンが普及してから、早60年。これからも、ものづくりに賭ける職人の手によって、ステンレスの機能美はイノベーティブに追求されていくことだろう。