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受け継がれる伝統の心「肥前びーどろ」

ART

受け継がれる伝統の心「肥前びーどろ」

JUL.21.2016

吹き竿に赤く熱したガラスを取り、ふくらませて竿を繰りながら素早く自在に成形してつくり上げる、「肥前びーどろ」の造形美。幕末から続く唯一無二の技を継ぐため、日々真剣にガラスと向き合う若き職人さんのお話をご紹介します。

江戸時代からガラス窯が築かれていた佐賀

やわらかな表情が魅力の肥前びーどろ。型を用いず息を吹き込んで成形する「宙吹き」が特徴です。この独自のガラス技術が発展した背景には、佐賀の歴史があります。江戸時代の佐賀は、十一代藩主・鍋島直正公によって西洋の科学技術が積極的に導入された地でした。1852年には、現代の理化学研究所に相当する精煉方が設けられ、火薬や薬品の実験・開発に必要なフレスコなどをつくるため、ガラス窯がつくられたのです。

高度な吹きガラスの技術をもつ精煉方は、開国から明治維新を経てランプや食器づくりを手がけ、やがて精煉社という民間会社へ移行。1903年に当時の筆頭番頭だった副島源一郎氏が独立して副島硝子工業を創業しました。現在は、源一郎氏の孫である副島太郎さんが三代目社長を務め、幕末から続く「肥前びーどろ」の技を継承する唯一のガラス工房となっています。

唯一無二の技術に挑む

佐賀市重要無形文化に指定されている「宙吹き」。中でも、ガラスの吹き竿を用いる「ジャッパン吹き」は、全国でも副島硝子工業でしか見ることができない特殊な技法です。ジャッパン吹きでつくられた製品は、空気以外のものに触れることがないため、艶のある滑らかな表面に仕上がり、独特の色や風合いが魅力。しかし、この伝統技法は、習得が非常に困難で長年の修練を要します。

副島硝子工業ではふたりの若い職人が活躍しています。ひとりは職人歴18年で、前工場長からジャッパン吹きの技術を受け継いだ工場長の藤井崇さん。そしてふたり目が藤井さんを師と仰ぎ、日々修行に励んでいる副島正稚さん。「決断したのは、親に対する感謝の気持ち。その一念だけでした」と、職人への道を志した当時の気持ちを語ります。ガラス職人として10年目を迎えた今もなお、ほぼ毎日朝早く工房に来て始業前に技を習得する時間をつくるという日々を続けているそうです。

思い通りに描きにくいから、おもしろい

やさしい色彩が溶け込んだ「虹色シリーズ」(写真上)や、長年佐賀で酒器として愛されている青いガラスの燗瓶(写真下)などの製品を生み出している副島硝子工業。

製品だけではなく、ジャッパン吹きに用いるガラス竿も職人が自作するのだそう。

「今はまだガラス竿が思うようにできないのがとても悔しいですね」と正稚さん。

「ガラスの面白さは、言うことを聞いてくれないことです。熱して軟らかくなったガラスは、なかなか思い通りの形やデザインになってくれません。でも、たまに思い描いた通りに上手くいくことがあるんですよ。その時の達成感や感覚は本当に面白いし、まさにこの仕事の醍醐味ですね。新しいプロダクトなどで自分のアイデアを出すのは楽しいし、とてもやり甲斐を感じます」と語り、一日も早くジャッパン吹きをマスターすることと、大きな作品をつくれるようになることを目指しています。そのひたむきな努力や高みへと挑戦し続ける姿は、唯一無二の伝統工芸の未来を明るく照らしていくでしょう。

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